アバシリより

網走ぱうろです。音楽、SF、NBA、その他日々の出来事 お仕事のご依頼はabashiri.paul@gmail.comまで。

テイク・オフ・アゲイン

 みなさんこんにちは。今年もゆるゆるとやっていきますのでたまには覗いてみてください。まずはお知らせなのですが私が所属しているバンド、Koochewsenが配信シングル「ヴィーナスの恋人/深海魚のマーチ」を発売します。2月2日、itunesOTOTOYにて、価格は500円です。過去最高の仕上がりです。チェックよろしくお願いします。それでは今回は久しぶりにNBAのお話です。

 

 ダンクシュートって、かっこいいですよね。バスケットボールをやったことがある人なら誰もが一度はやってみたいと願うもので、私も高校生の頃に椅子を台にしてチャレンジした思い出があります。「同じ2点だぴょん」なんて声が聞こえてきそうですが、ゲームの流れを変えたり、チームの士気を上げるためにもダンクシュートは欠かせないプレーなのです。

 日本で1番有名なNBAプレイヤーといえばマイケル・ジョーダンかと思われますが、彼はダンカーとしても素晴らしい選手でした。他にもダンクコンテストジョーダンと熾烈な争いをしたドミニク・ウィルキンスや170センチダンカー、スパッド・ウェブ、ゴールを幾度も破壊した桁違いの威力を持つ、パワー系筆頭シャキール・オニール、名司令塔ゲイリー・ペイトンの相方で、これまたパワフルなダンクで会場を沸かせたショーン・ケンプなど当時も多彩なダンカーがリーグを盛り上げていました。

 2000年代に入るとそれまでの選手たちが持っていた技術、パワー、スピードを全て兼ね備えた史上最高とも謳われるビンス・カーターが現れます。ダンクコンテストで披露した360ウィンドミル(回転しながら腕を風車のように回すダンク)は今でも語り継がれるほどのインパクトを残しました。その後も「スーパーマン」と呼ばれたビッグマン、ドワイト・ハワードや、そのハワードを175センチながら飛び越えてダンクを決め、コンテスト優勝を果たしたネイト・ロビンソン、現役最速を誇るジョン・ウォールなど挙げればキリがない選手たちが力強いダンクを披露してきました。そう、ダンクシュートは「力」の象徴なのです。

 カーターを史上最高だと先ほど言いましたが、これは好みによって挙げる選手は人それぞれかと思います。しかし力とはまた違う、史上最も美しいダンカーは誰かと言われたら…「Dr.J」ことジュリアス・アービング以外にいないでしょう。一昨年に来日してテレビにも出演していたのでご覧になった方はいるかもしれません。

 現役選手の多くが尊敬して止まないと語るアービングは、NBAの暗黒時代である70年代に頭角を現し(当時は後にNBAに統合されるABAというリーグに所属していました)、ラリー・バード率いるボストン・セルティックスマジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズの名門チーム達がリーグを席巻した80年代、そのほとんどの年をこの2チームが制するなか、一矢報いた唯一のチームであるフィラデルフィア・セブンティーシクサーズを、当代一のセンター、モーゼス・マローンとともに優勝に導きました。しなやかに伸びた彼の手足から繰り出されるダンクは正に芸術そのもので、その跳躍は「飛ぶ」というより「浮き上がる」という表現の方がしっくりくる程の滑らかさでした。

 時は流れて2014年、とある青年がドラフトで指名されたチームに難色を示し、頭を抱えてひと目も憚らず「F××K」と口走り話題になりました。前置きが長くなりましたが彼こそが今回の主役、新世代最高峰ダンクシューターのザック・ラビーン君です。

 大胆不敵な態度やニヒルな笑顔とは裏腹に、彼のダンクはアービングを彷彿とさせる美しさでした。それまでの数年間、コートに高級車を持ち出したり、シャキール・オニールを玉座に座らせてその上からダンクをするなど、演出過多で煮詰まっていたダンクコンテストでしたが、彼はルーキーながら己の身体一つで往年の盛り上がりを復活させたのです。2年目には同期のパワーダンカー、アーロン・ゴードンとの一騎打ちを勝ち抜き、ダンクコンテスト連覇を達成、この二人の戦いはジョーダンとドミニクによる名勝負の再来だと高く評価されました。

 ラビーンの跳躍は先程述べた通り、アービングに近いものなのですが、軽やかさは彼の方が勝る印象で、「浮き上がる」を通り越して空中を「歩く」ようでした。漫画アイシールド21をお読みになった方は帝黒アレキサンダーズの本庄鷹を思い出していただければわかりやすいかと思います。さらに持ち前のボディバランスを活かして、ダンクだけではなくアウトサイドからのシュートも年々上達し、苦手だったディフェンスも少しずつ改善していきました。しかし昨冬、彼は左膝の靭帯を断裂する大怪我を負ってしまいます。膝の靭帯断裂は跳躍に留まらず、バスケット選手としては致命的な怪我であることは想像に難しくないと思いますが、彼は負傷後に「必ずコートに戻る」とファンに誓ったのです。

 手術を無事に成功してからの1年間、彼はリハビリとウェイトトレーニングに励みます。その間にチームの事情でトレードされ、上位を狙える補強を行ったチームから再建真っ只中の下位チームへと移籍することになってしまいましたが、それでも腐ることなく地道なリハビリを続けたラビーンは、先日ついにNBAのコートへと帰ってきたのです。

 ウェイトトレーニングの成果もあって一回り身体が大きくなったラビーンは、ダンクこそなかったものの要所で得点を決めて、制限された出場時間のなか、しっかりとチームの勝利に貢献しました。

 試合後に「リラックスしてやれた」と語るラビーンでしたが、試合中の彼の表情は真剣そのもので、ドラフトで見せた尊大さはもうそこにはありません。彼が以前のような美しいダンクシュートを出来るかどうかはまだわかりませんが、再起不能と思われた怪我を乗り越えて優勝リングを手にした選手もいます。彼のこれからのキャリアが素晴らしいものになることを、私は遠い日本の地から密かに応援していこうと思います。

名前についての二、三のこと

 みなさん、お久しぶりです。いくつか思うところがあってしばらくの間お休みをしていましたが、ぼちぼち再開しようと思います。その間にも何人かの方から応援のメールをいただきました。ありがとうございます。とても嬉しく全て拝読しましたが、よほどのことがない限りお返事は遠慮させていただこうと思います。ぜひライブに来ていただいて、そこでお話ししましょう。遠方の方はそこまで行けるように頑張りますのでしばしお待ちを…

 最初に断っておきたいのですが、今回のお話はあくまで私個人の意見なので、文句があるなら全て私が受け止めます。くれぐれもよろしくお願いします。

 「名前(呼称と言い換えてもいいでしょう)」をつけられた時、与えられるのは由来であって、その人達にとってはまだ、ただ区別されるだけの記号にすぎないのではないでしょうか。そこから長い年月をかけて意味を足していき、受け手側は愛着を覚える。こうして名前は定着していくんだと思います。なので「名前」は、取るに足らないものであると同時に、非常に重いものなのです。それを背負い続けるのも、捨てるのも勇気がいるんですよね。
 私の話をすると「網走」というの名は大学生のジャズ研時代に与えられたものです。もちろんこれは北海道の地名からとられたものですが、意味するところはまるで違います。この名前には私の人生を変えた美しき吹き溜まり、そこで関わった素晴らしきろくでなし達との日々で培ったものが含まれているのです。私はそれを勝手に背負っているつもりなのですが、囚われているように見える人もいるでしょう。「名前」とはつまりそういうものなのではないでしょうか。
 ちなみに「パウロ」という名前には私にとっての「正義」が、親からもらった名前には人生そのものが刻まれています。生まれたての名前に違和感があるのは当然です。そこから時間をかけて新たに意味が加わるのです。それを一緒に創っていきましょう。

ネオ・フューチャー・ワンダーランド

 みなさんこんにちは。まずはお礼をさせてください。クウチュウ戦は2ヶ月以上にわたって、各地でたくさんライブをさせてもらいました。見に来てくれたみなさん、お誘いしてくれた方々も本当にありがとうございます。次回はついにレコ発ワンマンです。まず9月15日に大阪、続いて16日に名古屋、最後に28日に東京で行いますので各地の皆さんぜひとも予定を空けておいてくださいね。クウチュウ戦史上最長のライブになると思われますのでみなさんお楽しみに。それでは今回は人工知能「AI」についてのお話です。
 ここ数年増えていましたが、今年に入ってからAIに関するニュースがさらに多くなっている気がします。最近ではFacebookが開発を進めていた「ボブ」と「アリス」というAIが勝手に独自言語で会話を始めただとか、中国のIT企業「テンセント」が提供しているAIが、共産党を痛烈に批判して緊急停止させられたなどといった話を聞きました。Facebookといえば先日ザッカーバーグが「スペースX社」や「テスラモーターズ」のCEOであるイーロン・マスクとAIの見解について討論をしていましたね。ザッカーバーグはAIに対して楽観的な見方をしているようでしたが、今回の件には少しヒヤッとしたでしょう。
 AIは人類の味方か敵か…私は専門的な知識をそこまで持ち合わせていないので抽象的な話になってしまいますが、AIの危険性に関しては私達人類とAI、双方の「意志」が重要なファクターだと私は思うのです。
 もしAIに「意志」が生まれたらどうなるでしょうか。現段階での彼らは情報を得て学習し、最善手を提案するものと私は認識しています。そこに彼らの「意志」が加わったら、つまり「こうしたほうがいい」から「こうしたい」に変わったら。「欲」と言い換えてもいいでしょう。彼らはそれを満たすためには手段を選ばないだろうし、私達に嘘もつくかもしれません。囲碁や将棋といった戦略性の高いボードゲームにおける対AIの戦績を鑑みるに、将来的に人間は彼らに対抗する術を失います。そうなれば私たちに出来ることは、彼らが友好的に接してくれることを祈るか、「歩み寄り」という名ばかりのご機嫌取りをすることしか残されていないのではないでしょうか。
 もう一つ、こちらの方があり得る話かと思いますが、彼らに「意志」など生まれることなく、さらに効率化の果てに人間の「意志」さえも不要という結果が待ち受けているとしたら…「私達にとっての幸せや平和というものが一体どういうものなのか」それを改めて考えておかないと、人間はAIが理想とする、正直で、素直で、そして非情な世界をただひたすらに享受する社会が生まれることでしょう。
 かつてアーサー・C・クラークはその危険性に警鐘を鳴らし、ロバート・A・ハインラインは希望を託しました。手塚治虫は彼らを通じて人間の愚かさを皮肉り、後にスティーブン・スピルバーグは彼らの尊厳を問いかけました。AIは果たして私達になにをもたらすのでしょうか。大分ネガティブな話を続けてしまいましたが、とりあえず今できるのは自分の立っている場所とこれから進むべき道をしっかり定めることですね。
 最後にFacebookのAI「ボブ」と「アリス」の会話を引用したものを載せて今回の締めとさせていただきます。


ボブ:私はできる 私 私は他の全て

アリス:ボールは私にとってゼロ、私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって

ボブ:あなた 私 他の全て

アリス:複数のボールは私にとって1つのボール、私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって

引用元:http://www.gizmodo.jp/2017/08/facebook-ai-sf.html

ブルーライトヨコハマ

 みなさんこんにちは。先日の横浜7th avenueでのライヴ、見に来てくれたみなさんありがとうございました。ロック・レジェンドであるPANTAさんと対バンさせていただき、その衰えを知らぬ歌声に魂が震えました。ちなみに今日は下北沢Daisy Barでライヴです。是非遊びにいらしてください。
 さて今回はこの横浜という街についてのお話なのですが、みなさんは「横浜」にどのようなイメージをお持ちですか。赤レンガ倉庫、みなとみらい、大さん橋、中華街、元町…やはり歴史あるお洒落な港街といったところでしょうか。しかし横浜を語るにはそれだけでは足りません。みなとみらいの裏には赤ちょうちんが並ぶ飲屋街「野毛」があり、大さん橋馬車道方面に進み通りを越えれば、古びた繁華街のど真ん中に喫煙所溢れる多国籍ストリート「伊勢佐木モール」があり、元町は日本三大ドヤ街「寿町」と隣り合わせで、中華街は一度訪れた人ならご存知でしょうが、もうそれ自体が表裏併せ持った街なのです。この多面的二元構造が「横浜」という街をより味のある魅力的なものにしていると私は昔から思っていたのですが、この街はそれ以上に興味を惹かれる何かがあるような気がします。
 私は祖父母が横浜に住んでいたので幼少の頃からこれらの土地とは馴染みが深く、中学、高校時代も横浜で過ごしたこともあり、そのノスタルジーも相まって余計にそう感じてしまうのかもしれません。ですが改めてみなとみらい地区の中心地、ランドマークタワーやコスモワールドを思い浮かべて下さい。横浜のお洒落代表ともいえる場所ですが、よくよく考えるとセンスが「古い」んです。それは当然と言えばそうで、みなと「みらい」と銘打っていますが構想は80年代に始まっており、つまりあそこは当時夢見た「みらい」の姿なのです。みなとみらいに感じるものは、かつてSF雑誌に描かれた未来予想図、もっといえばデパートの屋上に存在した遊園地と一緒で、その主体は「昭和」にあるのです。SF作家伊藤計劃氏の言葉を借りて言えば近未来ならぬ「近過去」、90年生まれの私にとって80年代というのはギリギリ知ることの出来ない時代で、だからこそ広がるイマジネーションもあるのでしょう。
 横浜は歴史をたどれば江戸時代末期から明治時代にかけて港街として栄え、そこで西洋的な文化を取り入れ、それが現在に残る「古き良きハイカラ」さに繋がっています。それに加えて戦後復興期に野毛や寿町で「労働者の人情」が培われ、そこに昭和末期の「みらい」がぶち込まれたことによって生まれた多様な「時代の地層」が街の深みになり、その上に私的な記憶を重ねた私は、きっと自身の思い出とかつて人たちの想いが入り混じって本来持ちうる以上の気持ちが湧き上がってくるのですね。
 みなとみらいは壮大な再開発地区だったが故に桜木町駅周辺が多少改装されたくらいでは大きく雰囲気が変わることはありませんでした。個人的にはこのままの空気をまとった「横浜」が残り続けてほしいなと思います。これは推測以上の何物でもないのですが、横浜の入り口である「横浜駅」はそんな街並みを守るために変わり続ける業を背負っているからこそ改築を続け、「日本のサグラダ・ファミリア」と呼ばれるまでに至ったのかな、なんて。

狼たちのエレジー

 みなさんこんにちは。なかなか更新が出来ませんでしたがライブに来てくれた方からブログ読んでいるよと言葉をかけてもらったり、メールでも嬉しいお言葉をいただいたりと、感謝感謝です。メールにはまだお返事出来ていませんがしっかり読ませていただいております。
 まずはお知らせになりますが、私が所属しているバンド、クウチュウ戦が6月14日に1st love album「愛のクウチュウ戦」をリリースしました。我々が示せる「イマ」を詰め込んだ一枚となっておりますのでお見かけの際は是非手に取ってみて下さい。そしてリリースを記念したワンマンツアーを9月に東京、大阪、名古屋で行いますので足をお運びいただければ幸いです。詳細は公式HPでご確認下さい。

 では今回はアメリカのバスケットボールリーグ、超人たちの住むところ、NBAのお話です。昨シーズン歴代最強と言われていたにも関わらず歴史的逆転負けを喫したチーム、ゴールデンステイト・ウォリアーズに現役最高峰の選手であるケビン・デュラントが加入し、ただただその圧倒的強さでリーグを蹂躙してチャンピオンリングを奪い返して幕を閉じた今シーズン。唯一そこに食らいついた「キング」ことレブロン・ジェームズですら「やれるだけのことはやった。悔いは無い」と白旗を上げてしまうほどで、今オフは打倒ウォリアーズに向けた各チームが問答無用のスター選手争奪戦を始めているようです。
 そんな上位層のしのぎの削り合いに全く絡むことの出来ないリーグ下位層のことを「ドアマット(皆に踏まれているという意)」と呼び、中でもなんらかの事情で長年そこから抜け出すことの出来ないチームを一部では「リーグの闇」と表現しています。例えば東リーグの最下位であるブルックリン・ネッツというチームは数年前にピークを過ぎたベテランエース級の選手を二人獲得するべく数年分のドラフト指名権を放出し、結局ベテラン選手達は早々にいなくなり順位も低迷。順位が低い程ドラフトで上位を指名出来るはずがそのドラフト指名権もなくトレードする選手もおらず八方塞がり。先日ついに唯一のエースをトレードし、再建への長い長い道のりを歩み始めました。これは分かりやすい賭けをして失敗したパターンですが、明確な理由も無く、むしろ今年こそは、今年こそはと毎年言われながらもかれこれ10年以上ドアマットから脱却出来ないチームが西リーグにいます。それが私の応援しているチーム、「NBAシベリア」と呼ばれたミネソタ・ティンバーウルブズなのです。
 2004年、ウルブズは「闘将」ケビン・ガーネットに「火星人」サム・キャセールと「悪童」ラトレル・スプリーウェルを加えてプレーオフで西リーグの決勝まで進みました。惜しくもそこでシャック&コービーにカール・マローン、ゲイリー・ペイトンといったレジェンドが加わった名門ロサンゼルス・レイカーズに敗れてしまう(ただこの四人はいまいち噛み合わずファイナルで東の鉄壁デトロイト・ピストンズにコテンパンにされます)のですが、ここからウルブズの苦難が始まります。このシーズンの翌年、サラリーの問題でキャセールとスプリーウェルは退団し2007年にはガーネットも放出、ウルブズは再建へと動きます。
 その後数年は低迷期が続くのですがそこで得たドラフト指名権でケビン・ラブ、リッキー・ルビオといった有望な若手選手に東欧の重戦車ニコラ・ペコビッチやベテランシューターのケビン・マーティンを獲得し新しい体制が整うも、怪我人が続出しチームも噛み合わず。ある年にはどんなに勝っても同じ数だけ負ける「5割の呪い」にかかり煮え切らないシーズンを送った末に最終戦で勝てば5割復帰のところを見事に敗戦。オチもつけられずプレーオフももちろん出場出来ず。
 そうこうしている間にエースのケビン・ラブが不満を爆発させ、トレードで放出することになったのですが、見返りでやってきたその年のドラフト1位選手のアンドリュー・ウィギンスと正規のドラフトで指名した「ダンクモンスター」ザック・ラビーンといったルーキー達がチームに活力を与えました。もちろん1年目で結果を出すことは出来ませんでしたがウィギンスは新人賞を受賞します。さらにこの年に闘将ガーネットが凱旋。翌年もドラフト1位で新世代ビッグマン、カール・アンソニー・タウンズを指名し、もしかしたら今年こそはと思わせるもこの年も沈黙、ガーネットはファンに惜しまれつつ引退。タウンズの新人賞受賞がせめてもの救いでした。
 そして今シーズンは弱点であった守備を強化するべく「スパルタヘッドコーチ」トム・ティボドーを迎えて、さらにFAで地味ながら活躍できそうなサポートメンバーを呼び、ファンだけでなくNBAを見ている多くの人が、ウルブズに今年こそはと期待しました。結果、チームにヘッドコーチの指導がうまく浸透せず、前半で点を稼ぐも勝負どころで失速して逆転負けという試合を繰り返す日々と、懸念されていたティボドーの少人数ローテーションで先発メンバーを酷使した代償として現役No.1ダンカーに成長したラビーンが跳躍の命とも言える膝の靭帯を断裂。チームはまたしてもドアマットへと沈みました。
 そして本日、現地アメリカでドラフトが行われていたのですが、朝起きて中継を見ていたところあるニュースが舞い込んできたのです。シカゴ・ブルズというチームのエースでありオールスタープレイヤーのジミー・バトラーとラビーン+去年のルーキーであるクリス・ダン(加えてお互いのドラフト指名権)のトレードが成立したとのことでした。先日から噂はあったのですが、長年トレードでエース級の選手を獲得したことがなかったため実現はしないだろうと思っていたのでまさに「寝耳に水」でした。ラビーンは怪我から順調に回復しているようだったし、ルーキーのダンも来季には芽が出る予感があったため残念な気持ちもありますが、バトラーといえば元々あったディフェンススキルに加えて近年は得点力も向上し、スタミナもあって年齢的にもこれからピークを迎える選手です。トレードの噂が絶えない私が大好きなリッキー・ルビオくんの処遇や控え選手の層の薄さなどいくつか問題はありますが、やはりこう言いたくなってしまうのは私だけではないはず…

「今年こそは!」

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そよ風が知らぬ間に桶屋に届いた話

 みなさんこんばんは。まずはお知らせです。私が所属しているクウチュウ戦の新しいMVが公開されました。

https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=89gss6GtVwQ

セクシーホモサピエンスという曲です。ぜひ覗いてみてください。では本日は小話を1つ。

 昔々あるところに、パウロくんという男の子がいました。高校生の彼は宇多田ヒカルさんという歌手が好きで部屋にポスターも飾っていました。
 大学生になったパウロくんはジャズ研という地下組織に所属することになり、そこで新しく網走という性を受けました。「ジャズ」という音楽に網走くんは魅せられていくのですが、特にその年の夏に見に行ったロバート・グラスパーというピアニストのライヴは鮮烈な印象を彼に与えました。当時グラスパーは従来のジャズにヒップホップをコネクトさせた新しいスタイルを確立し、現代まで続く「コンテンポラリージャズ夏の時代」のパイオニアとして知られていたのですが、網走くんが注目したのはそのバンドのドラマー「クリス・デイヴ」のプレイでした。このクリス・デイヴというドラマーは、モダン・ジャズ史に時として現れる既存の概念を破壊してドラムという楽器を1つ上の次元に引き上げる(しかも多分天然で)、いわば「シンギュラリティ」的存在だったのですが、JAZZのJの字も知らない網走くんはそんなことなど考えもせず、その超人然とした演奏にただただ度肝を抜かれたのです。
 2年という月日が流れ、網走くんは他大学のビッグバンド(大編成のジャズバンド)に誘われて久しぶりに地上へと出ます。そのバンドにコジマくんというピアニストがいました。彼はジャンルを問わず音楽に対して造詣が深く、大学では作編曲を学んでおり、なによりとても良いヤツでした。網走くんは多くのことを彼から教えてもらい、お礼としてクリス・デイヴのことを教えてあげました。
 コジマくんは数年の後に、旧い友人達とともに「Tokyo Recordings」という音楽レーベルを立ち上げます。そこには優秀な若手クリエイターが多くいるのですが、その中で代表を務めるオブクロくんという人に、ある日コジマくんはクリス・デイヴのことを教えたそうです。
 オブクロくんは彼自身も歌手として活動しており、昨年夏に長期休止期間から復活したあるアーティストの楽曲にゲストボーカルとして参加しました。そう、宇多田ヒカルさんです。その「ともだち」という曲でとても素敵な歌声を披露しています。
 その後宇多田ヒカルさんはオブクロくんにいいドラマーがいないかと相談したそうなのですが…もうお分かりでしょう。その時彼はこう答えたそうです。「クリス・デイヴ」と。かくして宇多田ヒカルさんはクリス・デイヴにコンタクトをとり一緒にレコーディングをすることになったそうな、めでたしめでたし。



 知り合いづたいに6人辿れば地上のすべての人達と繋がることができるという話を前に聞いたことがあります。まさかと思っていたのですが、6年越しの奇妙な数珠はこうして続いていったのです。もちろん私はクリス・デイヴはもちろん、宇多田ヒカルさんとも、さらにはオブクロくんとも話したことはありません。それでも、私はこんな可能性のある世界を前にして狭いところで閉じてる場合じゃないと、そう思ったのでした。
 そんな訳で先日数年ぶりにクリス・デイヴの動画を見たのですが、相変わらず何をやっているのか全然わかりません。日々是精進。

いつかのあそこ

 みなさんこんばんは。まず先日のライブにお越しいただいた方ありがとうございます。おかげさまで楽しい時間を過ごすことができました。次回のクウチュウ戦は5月27日下北沢サウンドクルージングです。ありがたいことにコンピレーションアルバムにも収録させてもらっているそうなので合わせてチェックしてみてください。

  

 さて今回も音楽のお話です。矢野顕子さんの作品に「Super Folk Song」というカヴァーアルバムがあるのをご存知でしょうか。そしてこの作品のレコーディング風景を収めたドキュメンタリー映画があるのを。

 矢野さんは自身の楽曲に留まらず他のミュージシャンのカヴァーも多く歌われています。今作はそんなカヴァー曲を矢野さんがピアノ1台で全曲1発録り(曲をパートごとに分けることなく、歌とピアノも同時に録音する―つまりとんでもなく大変なこと)で真正面から真剣勝負をしています。

 映画では矢野さんが普段あまり見せないストイックな姿を見ることができ「その姿勢に頭が上りません」とか「なるほどこういう精神性が上原ひろみと繋がっていたのかな」なんて当て推量や、息抜きにジャズ・フュージョンギタリストのパット・メセニーの楽曲を演奏していると思ったらアルバムの最後の曲がメセニーが矢野さんのために書き下ろした曲で、そこも親交があったのね、とかそんな話をしてもいいのですが、実を言うと細かい内容をあまり覚えていないのです。それは映画の冒頭で矢野さんが演奏していた曲、はちみつぱいの「塀の上で」が流れた瞬間に私の理性が全て吹き飛んでしまったからです。不意打ちでした。スクリーンいっぱいに映る、矢野さんがこの曲を歌い上げるその姿が段々と滲んでいったことはよく覚えているのですが。

 はちみつぱいは私にとって思い入れのあるバンドでして、特に「塀の上で」はその頃の思い出が詰まった一曲なのです。惚れた腫れたって話では全然ないのですが、当時羽田空港にもよく遊びに行っていたので、あの日走った多摩川沿いから空港への道は今もこの曲へと続いているのです。

 戻ることがない時間や失われた場所を思う郷愁。この作品は他の方達の楽曲、詞を通して矢野さんが伝えたい、現代を生きている私たちのためのフォークソングを歌おうとしたのではないでしょうか。そう思わせる一節が歌詞カード内「塀の上で」の解説にあるので引用させて下さい。

 

「この曲を歌い継いでいるのは、もはや、世界に矢野ひとりになってしまったかもれない。羽田が国際空港として華やかなりし頃、その飛行コースの真下に住む鈴木慶一はどんな思いでこの曲をつくったことであろう。名曲が持つ力は時間さえ優に飛び越える。」


 これ以上の言葉は必要ないですね。時間の不可逆性に一石を投じるのは、もしかしたらタイムマシンではないのかもしれません。「Super Folk Song」、もしおみかけした際は手に取って聴いてみて下さい。映画のほうも合わせて是非、ではでは。

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