アバシリより

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いつかのあそこ

 みなさんこんばんは。まず先日のライブにお越しいただいた方ありがとうございます。おかげさまで楽しい時間を過ごすことができました。次回のクウチュウ戦は5月27日下北沢サウンドクルージングです。ありがたいことにコンピレーションアルバムにも収録させてもらっているそうなので合わせてチェックしてみてください。

  

 さて今回も音楽のお話です。矢野顕子さんの作品に「Super Folk Song」というカヴァーアルバムがあるのをご存知でしょうか。そしてこの作品のレコーディング風景を収めたドキュメンタリー映画があるのを。

 矢野さんは自身の楽曲に留まらず他のミュージシャンのカヴァーも多く歌われています。今作はそんなカヴァー曲を矢野さんがピアノ1台で全曲1発録り(曲をパートごとに分けることなく、歌とピアノも同時に録音する―つまりとんでもなく大変なこと)で真正面から真剣勝負をしています。

 映画では矢野さんが普段あまり見せないストイックな姿を見ることができ「その姿勢に頭が上りません」とか「なるほどこういう精神性が上原ひろみと繋がっていたのかな」なんて当て推量や、息抜きにジャズ・フュージョンギタリストのパット・メセニーの楽曲を演奏していると思ったらアルバムの最後の曲がメセニーが矢野さんのために書き下ろした曲で、そこも親交があったのね、とかそんな話をしてもいいのですが、実を言うと細かい内容をあまり覚えていないのです。それは映画の冒頭で矢野さんが演奏していた曲、はちみつぱいの「塀の上で」が流れた瞬間に私の理性が全て吹き飛んでしまったからです。不意打ちでした。スクリーンいっぱいに映る、矢野さんがこの曲を歌い上げるその姿が段々と滲んでいったことはよく覚えているのですが。

 はちみつぱいは私にとって思い入れのあるバンドでして、特に「塀の上で」はその頃の思い出が詰まった一曲なのです。惚れた腫れたって話では全然ないのですが、当時羽田空港にもよく遊びに行っていたので、あの日走った多摩川沿いから空港への道は今もこの曲へと続いているのです。

 戻ることがない時間や失われた場所を思う郷愁。この作品は他の方達の楽曲、詞を通して矢野さんが伝えたい、現代を生きている私たちのためのフォークソングを歌おうとしたのではないでしょうか。そう思わせる一節が歌詞カード内「塀の上で」の解説にあるので引用させて下さい。

 

「この曲を歌い継いでいるのは、もはや、世界に矢野ひとりになってしまったかもれない。羽田が国際空港として華やかなりし頃、その飛行コースの真下に住む鈴木慶一はどんな思いでこの曲をつくったことであろう。名曲が持つ力は時間さえ優に飛び越える。」


 これ以上の言葉は必要ないですね。時間の不可逆性に一石を投じるのは、もしかしたらタイムマシンではないのかもしれません。「Super Folk Song」、もしおみかけした際は手に取って聴いてみて下さい。映画のほうも合わせて是非、ではでは。

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