アバシリより

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ブルーライトヨコハマ

 みなさんこんにちは。先日の横浜7th avenueでのライヴ、見に来てくれたみなさんありがとうございました。ロック・レジェンドであるPANTAさんと対バンさせていただき、その衰えを知らぬ歌声に魂が震えました。ちなみに今日は下北沢Daisy Barでライヴです。是非遊びにいらしてください。
 さて今回はこの横浜という街についてのお話なのですが、みなさんは「横浜」にどのようなイメージをお持ちですか。赤レンガ倉庫、みなとみらい、大さん橋、中華街、元町…やはり歴史あるお洒落な港街といったところでしょうか。しかし横浜を語るにはそれだけでは足りません。みなとみらいの裏には赤ちょうちんが並ぶ飲屋街「野毛」があり、大さん橋馬車道方面に進み通りを越えれば、古びた繁華街のど真ん中に喫煙所溢れる多国籍ストリート「伊勢佐木モール」があり、元町は日本三大ドヤ街「寿町」と隣り合わせで、中華街は一度訪れた人ならご存知でしょうが、もうそれ自体が表裏併せ持った街なのです。この多面的二元構造が「横浜」という街をより味のある魅力的なものにしていると私は昔から思っていたのですが、この街はそれ以上に興味を惹かれる何かがあるような気がします。
 私は祖父母が横浜に住んでいたので幼少の頃からこれらの土地とは馴染みが深く、中学、高校時代も横浜で過ごしたこともあり、そのノスタルジーも相まって余計にそう感じてしまうのかもしれません。ですが改めてみなとみらい地区の中心地、ランドマークタワーやコスモワールドを思い浮かべて下さい。横浜のお洒落代表ともいえる場所ですが、よくよく考えるとセンスが「古い」んです。それは当然と言えばそうで、みなと「みらい」と銘打っていますが構想は80年代に始まっており、つまりあそこは当時夢見た「みらい」の姿なのです。みなとみらいに感じるものは、かつてSF雑誌に描かれた未来予想図、もっといえばデパートの屋上に存在した遊園地と一緒で、その主体は「昭和」にあるのです。SF作家伊藤計劃氏の言葉を借りて言えば近未来ならぬ「近過去」、90年生まれの私にとって80年代というのはギリギリ知ることの出来ない時代で、だからこそ広がるイマジネーションもあるのでしょう。
 横浜は歴史をたどれば江戸時代末期から明治時代にかけて港街として栄え、そこで西洋的な文化を取り入れ、それが現在に残る「古き良きハイカラ」さに繋がっています。それに加えて戦後復興期に野毛や寿町で「労働者の人情」が培われ、そこに昭和末期の「みらい」がぶち込まれたことによって生まれた多様な「時代の地層」が街の深みになり、その上に私的な記憶を重ねた私は、きっと自身の思い出とかつて人たちの想いが入り混じって本来持ちうる以上の気持ちが湧き上がってくるのですね。
 みなとみらいは壮大な再開発地区だったが故に桜木町駅周辺が多少改装されたくらいでは大きく雰囲気が変わることはありませんでした。個人的にはこのままの空気をまとった「横浜」が残り続けてほしいなと思います。これは推測以上の何物でもないのですが、横浜の入り口である「横浜駅」はそんな街並みを守るために変わり続ける業を背負っているからこそ改築を続け、「日本のサグラダ・ファミリア」と呼ばれるまでに至ったのかな、なんて。