アバシリより

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君はYuta Watanabeを知っているか?

 みなさん、お久しぶりです。突然ですが、いま日本バスケット界がにわかに盛り上がっているのをご存じでしょうか?

 サムライブルーことサッカー日本代表の大躍進に沸いた2018年夏。その裏で密かに行われていたバスケットボールワールドカップアジア予選にて、日本代表が強豪オーストラリア代表を破る快挙を達成したのです。しかもオーストラリアのチームにはNBAで活躍するソン・メイカーとマシュー・デラベドバの両選手が参加していました。

 この試合でも大活躍をしてチームの勝利に貢献した八村塁という選手がいます。彼はアメリカの大学1部リーグ(Division Ⅰ)の強豪校であるゴンザガ大学でエースを任されていて、来年のNBAドラフト予想でも上位に名を連ねています。昨年楽天NBAの放送権を買収し、ゴールデンステイト・ウォーリアーズのスポンサーになったのも、三木谷さんが彼のNBA入りを想定してのことだったのではないかと言われています。

 

「日本人がNBAの舞台でプレイする」

 

これは今までファンタジーに近い夢物語でした。2メートルを越える巨人達が、人間離れしたスピードとパワーでところ狭しとコートを駆け回るのです。「この人は小柄なのにすごいな~」なんて見てた人が、調べたら190cmだったりする世界です。

 かつてこのファンタジーに切り込んだのが田臥勇太選手でした。田臥選手は14年前に、NBAのコートに立った初めての日本人として多くのメディアに取り上げられ、日本国内でも話題になりました。173cmというNBAにおいてはとても小柄な選手でしたが、持ち前のスピードを活かしてパスを回し、シュートを決める姿は今見ても胸が熱くなります。しかし田臥選手は一ヶ月でチームを解雇されてしまいます。彼が所属していたフェニックス・サンズというチームには後に殿堂入りを果たすことになるMVPプレイヤーのスティーブ・ナッシュがスターターとして、ブラジルのスピードスター、リアンドロ・バルボサという選手がその控えとして、同じポジションにいました。つまり田臥選手は、控えの控えポジション争いに敗れてしまったのです。

 

17分7得点3アシスト

 

それが田臥選手がNBAに残した爪痕でした。彼は能代工業高校時代にインターハイ、国体、ウィンターカップという高校バスケット三大大会全てで三連覇を達成しました。これを成し遂げたのは後にも先にもこの時代の能代工業だけです。田臥勇太選手は間違いなく日本バスケット史上トップクラスの選手でした。

 それから10年の時を経て、2014年に富樫勇樹選手がNBAに挑戦しました。彼は田臥選手よりもさらに小柄で167cmしかありませんでしたが、田臥選手に負けないスピードと視野の広さが認められ、NBAダラス・マーベリックスと契約を果たします。しかしNBAのコートに立つことはなく、Dリーグ(現Gリーグ)という下部リーグのチームへと送られてしまいました。富樫選手はその後怪我をしてしまい日本に帰国、現在は国内リーグでプレイをしています。日本代表でもスターターに選ばれて、先にお話ししたオーストラリア戦でも司令塔として活躍していました。

 田臥選手や富樫選手といった国内で一つも二つも頭が抜けている選手達ですらNBAの壁はとても厚く、日本人がこの領域へ辿り着くのは不可能だと言われてきました。だからこそ八村選手が来年達成するであろう出来事は、日本バスケット史に残る偉業となるはずだったのです。しかしもしかしたら、来年を待たずしてNBAのコートに立つ日本人選手を見ることが出来るかもしれません。日本国民がワールドカップに沸いた2018年夏、その裏で密かに歴史的勝利を果たしたバスケットボール日本代表選手達、さらにその裏で、NBAに挑戦していた一人の選手がいました。

 

君はYuta Watanabeを知っているか?

 

NBAの分厚い壁を打ち破るかもしれない若き戦士、渡邊雄太選手が先日NBAメンフィス・グリズリーズというチームとの2年契約を勝ち取りました。

 渡邊選手がグリズリーズと契約した内容は「2WAY契約」という去年から採用されたもので、基本はGリーグの下部組織でプレイすることになるのですが、年間で45日間グリズリーズの一員としてチームに参加できるのです。

 私が渡邊選手の名前を初めて目にしたのは4年前、彼がアメリカのジョージ・ワシントン大学に入学したという記事でした。ジョージ・ワシントン大学はDivision Ⅰに所属する大学でしたが、八村選手が後に入学するゴンザガ大学に比べると少しランクが落ちる中堅大学でした。正直に話をすると、私はその頃渡邊選手にあまり注目をしていませんでした。漠然と「単身でアメリカに渡って若いのにしっかりしてるなぁ」くらいに思っていたのです。

 その後も彼の記事はたまに見かけました。「格上のチームに勝利した」

「チームの主力になった」

「相手チームのエースを試合を通して守りきった」

「一試合で20得点を記録した」

「チームのエースに任命された」

その内容は少しずつ、でも着実にステップアップしていきました。

 そして今年、渡邊選手は大学を卒業してNBAのドラフトにエントリーしました。残念ながらそこでは指名がなかったのですが、ある記者が、実力がありながら選ばれなかった選手の一人に渡邊選手を挙げていたのです。

 ドラフトで指名されなかった渡邊選手は、次にサマーリーグに挑みます。サマーリーグNBAの若手選手や、ドラフトで指名された選手と、チームとの契約を目指す選手達が参加する毎夏恒例の催しで、渡邊選手のようにドラフト当落線上にいた選手にとっては絶好のアピールチャンスになります。

 渡邊選手の一番の持ち味は「ディフェンス」です。2mを超えるNBA水準のサイズに加えて、彼は戦術を理解し、相手のオフェンスを読むことができる高いバスケットボールIQを備えています。ブルックリン・ネッツというチームの一員としてサマーリーグに参加した渡邊選手は、コーチーの戦術を忠実に遂行し、ドラフト上位指名選手を相手にタイトなディフェンスを披露して、自分の存在価値を存分に証明しました。その結果、控えからの出場ながらチームトップに近いプレイタイムを与えられ、最後の2試合ではスターターに抜擢されました。そしてそこでの活躍が認められた渡邊選手は、ついにメンフィス・グリズリーズからの契約をもぎ取ったのです。

 渡邊選手が、今までNBAに挑戦してきた日本人選手達よりも活躍することを期待してしまう人は、決して少なくないはずです。というのも渡邊選手のスタイルが、現代バスケットボールにフィットする確率が高いからです。

 最近バスケットボールで使われる用語の一つに「3&D」という言葉があります。これはオフェンスではスリーポイント(バスケットではある一定の距離からシュートを決めると、3点が加算されます。ちなみに普通のシュートは2点です。)シュートを専門とし、ディフェンスでは相手のスコアラーとマッチアップする職人的ポジションの選手を指します。渡邊選手のディフェンス力は、NBAで活躍する若手選手達にも通用するレベルだということはサマーリーグで証明されましたし、スリーポイントシュートの確率も決して悪くありません。まだ安定感に欠ける部分はありますが、サマーリーグでも6本中4本のスリーポイントを決めた試合もありました(NBAでは成功率が4割を超えたら優秀なスリーポイントシューターとして認識されます)。

 さらに近年の上位チームはオールスイッチディフェンスという、従来より柔軟かつチーム全体でディフェンスをするスタイルを採用しているチームが増えてきているので、自分よりスピードのある小柄な選手から、パワーのある大柄の選手まで守れる渡邊選手は、この戦術にも順応出来るのではないかと言われています。

 渡邊選手がこれから歩む道は、まだまだ険しいことには変わりありません。グリズリーズには同じポジションで彼と同等以上の能力を持っている選手が多くいます。堅守で知られているチームでもあるので、ディフェンス力が高い選手も多くいます。きっと渡邊選手は、チームに加わることができる45日間の、さらに限られた時間でしか直接アピールすることが出来ないでしょう。しかし彼は、アメリカに留学したその時から、常に試され続けてきました。そしてその度に乗り越えてきたのです。そう、だからなのかもしれません。私は彼に期待せずにはいられないのです。この夏私は、これから彼が進む道をしかと見届けようと、勝手ながらに思いました。